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0120-25-2188
8:30 ~ 18:30 (水曜・祝日休業)


このごろ、ちょうど復帰説が浮上してまして
ひょっとしたら、メルセデスから復帰かもしれません。
と、来年は、また、さらにF1観るのに気合入ってしまいます。
シューマッハは、ちょうど私どもよりも9歳若いので
ピッタンコにリアルタイムで、デビューから引退までしっかりと観てしまいました。
91年から、06年までほぼ全レースをちょうどしっかり観戦してしまいました。
その間、F1のある日は、「シューマッハショーの日」って名前までついてました。
真剣に、テレビにかじりついてました。
私どもでは、途中から、有線放送をひきましたので
それからは、BSフジで時差なしで観れるようになってしまい
さらに、観戦に気合が入りすぎてしまいました。
最初デビューしたてのころは、セナにしかられていた、ただの若僧でした。
それが、後には、チャンピオン・オブ・チャンピオン
赤い皇帝へと完成していくプロセスを、リアルタイムに観てしまいました。
そんなわけで、シューマッハに関しましては、極めて個人的な感情強すぎます。
個人的に、たくさんのことを思い出してしまいます。
たくさんありすぎて、ちょっと、一回では書ききれません。
引退レースとなった06年ブラジルは、今でもしっかり記憶してます。
個人的には、もっとも印象に残ったレースです。
マシンからおりきたシューマッハに、
レース直後のインタビューを川井ちゃんがしたときの様子は
たしかこんなような感じでした。
川井ちゃん
「今日のレースはどう?」
シューマッハ
「いつもとは、違うスタイルで走っちゃったねえ。最初にバーストして、いきな
りタイヤ交換をしないといけなくなり、先頭からほぼ1週のビハインドになって
しまい。やっぱりレースって、いろんなことが起ります、アクシデントはつき物
です。でも、この16年間ほんとにずっとそんな調子でした。そんな意味では、
もっとも16年間を象徴したレースだったと思います。とにかく予定通りになん
て行かないんですよ。予定通りにいく日は年に1・2回なんです。予定通りに行
かないっていうことを予定できるものだけがチャンピオンになれるんです。」
川井ちゃん
「最後に、この16年間は長かった、短かった、どっち?」
シューマッハ
「う~ん、・・・intensive。」
っていうような、やりとりが最後のインタビューになったんですが
このアンサーは、実にピッタリで、うん、うんって思わずうなづいてました。
で、レースの展開はまずは予選からハプニングがまってました。
Q2まで圧倒的な速さだったシューマッハがQ3はリタイアで
なんと10番グリッドからの決勝になってしまいました。
で、決勝ではスタートして間もなく、ガンガン順位を上げていきます。
しかし7週目に5番手走行中のフィジケラをかわして前にでた瞬間に
フィジケラのノーズが左リヤタイヤに接触してしまい、バースト!
緊急ピットインを強いられ、最後尾まで順位を落とすことになります。
この瞬間、ガックリだったんだけども
必死にマシンをかばいながら、3輪でクールにピットにもどる姿は
やっぱり赤い皇帝そのものでした。
ピットではタイヤを変えて、予定変更で燃料を満タンにして
再スタートしていきます。
ここからが、すごかったんです。
このアクシデントおかげで、かえって異次元の速さを見せ付けることになります。
シューマッハショーの始まりです。
燃料で、重いはずのマシンで自己ベストを連発、ファステストを連発
まだ、このレースを捨ててませんでした。
みごとにごぼう抜き、子供の中に一人だけ大人が混じっているように
スピードが全然違ってました。
気がついたら、再び5番手フィジケラにピッタリ張り付いてました。
で、けっきょくフィジケラを1コーナーでかわし
(ここのコースは基本的に、ここ以外でかわすのはムリ)
最後に、ライコネンをきれいなサイドバイサイドでかわし
けっきょく4位フィニッシュになりました。
この間、圧倒的な速さでした。
もし、バーストがなかったら、全部の車が周回遅れになったはずのレースってことです。
でも、その前の鈴鹿もよかったです。
決勝は1番手走行中にマシントラブルで、リタイヤになり
その瞬間に、ほぼ06年のチャンピオンが絶望的になったんですが
予選Q2で、みせてくれました。真の速さを。
鈴鹿のコースは長いこと90秒が切れないってことで有名でして
もう90秒をきるのは不可能っていわれてたんですが
なんと88秒台をたたき出しました。
Q2は、シューマッハは手の内をみせないために
普段は、真剣アタックはしないんですけども
最後の鈴鹿っていうことで、どうしても90秒をきっておきたかったんでしょう。
でも、88秒はすごすぎる。
けっきょくQ3でも89秒台で走るんですけども。
でも、やっぱり、その前の上海もすごかったです。
この年は、雨が降るとブリヂストンが圧倒的不利で
予選トップ10にブリヂストンはシューマッハ一人
12位まで他ははみんなミシュランばっかり。
ミシュランじゃないと勝てないレースで、勝ってしまいました。
6番グリッドからのスタートだったんですが
けっきょく41週目に1番手のフィジケラをかわして、トップになりました。
このとき、実は、片輪はコース上、もう片輪は芝の上を走ってました。
フィジケラがピットアウト後に、イン側をあけたのではなく
シューマッハは、本来雨ですべって走れないはずの、芝の上を走ってました。
それが、ちゃんと1週前にこのラインどりが走れることを確認してました。
で、次の週に、そのシュミレーションどおりにやってのけたんです。
でもその前の、ハンガリーも印象的でした。
これまた雨で、ブリヂストン不利のレース。
このレースでは、アロンソに2回抜かれて
なんと、アロンソから周回遅れになってしまいます。
この周回遅れになる瞬間、さぞかし屈辱のはずが
なんか、まったく予定通りのように、あっさりと進路をゆずったんです。
で、かえってアロンソはビビッてまって、力みすぎでリタイヤ
けっきょく終盤にさしかかるころには、
ゾロゾロに減ったウェットタイヤで2番手にいました。
もうこりゃあ走るのがムリなくらいひどい状態のタイヤで
後続車を必死にブロックしてるんですよ。
何とかして2番手を守ろうとしてるんですよ。
ほんらいここでは、アロンソがリタイヤですから
1・2台ゆずっといて、タイヤ保護作戦だったと思うんです。
で、ちょっとポイントとっておけば良かったはずなんです。
でも、あえて、雨用のゾロゾロタイヤで必死のブロックを始めるんです。
結果は、もちこたえれずにリタイヤになるんですけど
一見クールで、計算高く思われがちな人が
ところが、皇帝が必死の姿で、一つでも上の順位を、っていう姿勢が
まったく印象的でした。
っていうような感じがシューマッハっていうレーサーなんです。
どうやら、来年は、メルセデスから
再びロスブラウンとのコンビで、シューマッハショーをやってくれそうです。
シューマッハって、ほんとに数々のとんでもない記録を持ってるんですけども
この人、ほんとにリアルタイムで観れたMOZARTって思います。
100年たっても、その名は、あせないと思います。
ピカソ、マリアカラスは、まったくリアルタイムじゃなかったので
シューマッハこそが、リアルタイムで観たMOZARTです。
それが、なんとまた来年、観れるみたいなんです。
あ~あ、生きてて良かったあ。



私どもの展示場には、このねむの木が、ドスッといます。
今年、鉢を植えかえして、大きい鉢にしたら
ドドッと一回り大きくなってしまいました。
この木が、私どもが、緑に興味をもつきっかけになったものです。
5月ころから、ほぼ秋までくらい、きれいな花が咲きます。
サーモンピンクのきれいな花なんです。
なんともいえない、いい色目なんです。



で、おもしろいことに、この木は、夜になると眠るんです。
昼間は、葉っぱが開いてますが、18時ころになると
葉っぱが、ピシャっと閉じるんです。
で、向こうでの名前は、ever freshっていいます。
そうか、ちゃんと眠るから、ever freshなのかあ?って
最初見つけたとき感心しました。
というのも、当時は、私どもは極度にひどい不眠症からくる
極端な体調不良で、困っていたときだったんです。
苦しい時代でした。そんな時もありました。
そんな不眠症で困っている人がねむの木に出会ったってことが
「へえ~?」でした。
奇妙な出会いでした。
奇妙な、偶然でした。
でも、最初は、まったく名前も、何も知らないで、ただ、気に入っていました。
それで、これって何ていう木?って調べはじめ
その名を知り、その名のついたいきさつを知り
「なんじゃ、それ、自分にピッタリじゃん」って思いました。
今年は、暖冬なためなのか、落葉樹なのにまだ落葉してません。
しっかりときれいな緑の葉っぱでおおわれています。
ただ、一回り大きくなったこの木が
来年の春に、「どんなにみごとに花を咲かせるんだろう?」
って思うと、今からひじょうに楽しみなんです。
今まででも、いつもきれいだったですよお。
それでいて、ほんとうにたくさん咲くんです。
で、さらに長いこと咲いているんです。
ほぼ、半年くらい楽しませてくれるんです。



この小さい方が、なんとこのねむの木になった種から発芽して
ここまでの大きさになったものなんです。
こっちは、まだ一年生ですので、花は咲きません。
ただ、おもしろいのは、こっちの方が夜は早く寝ます。
眠る木だから、ねむの木。
でever freshっていうんです。
いい名前がついています。



今日も、例の33枚組のワーグナーのオペラを聴いています。
今日は、10枚目ですから、あと残りがまだ23枚もあります。
しっかし、33枚で6,500円ってお得なCD。
でもって、録音もいいし、内容もいいし、これはいい買い物をしたなあ。
それで、やっぱり音楽ってたいへん好きなわけでして
そんなわけでオーディオにも、こってしまいました。
音っていうのは、違いが分かるとか、どうこういうことじゃなくて
いい音に慣れてしまうと、そうじゃない音が聞けなくなるだけなんです。
車と一緒です。食べ物と一緒です。
いいのになれちゃうと、ただそれがあたりまえになってしまうだけです。
なもんですから、かえって試行錯誤してるときが
いちばんおもしろい時なのかも知れません。
で、実は、かくも音楽好きになっていくいちばん最初は
ドヴォルザークの「新世界」か、
ビートルズの「let it be」のどっちかだったです。
そのどっちだったのかは、たいへん昔のことなので覚えてません。
ひょっとすると新世界のレコードを聞き始めたのは
小学校2年生だったかも知れません。
これは、真っ赤なジャケットで、同居のおばさんのものでした。
ただ、let it beがでたのは1970年でちょうど私どもが小学4年生でした。
ビートルズの解散がちょうどピッタリ物心のつき始めた4年生のときでした。
ちょうどビートルズの最後のアルバムをリアルタイムで味わってしまいました。
当時は、自分の部屋にテレビなんかなく、携帯のワンセグとかも、もちろんなく
ラジオを聴きながら勉強をちょびっとだけすることが日常でした。
ラジオっていっても、FM放送ではなくてまだAM放送でした。
それで、ほぼ毎日、東海放送か、CBC放送か、岐阜放送を聴いていました。
で、let it beはシングルカットされて大ヒットするんですけども
それがビートルズの解散とドッキングなので、とんでもないヒットでした。
もう、どの放送局も、毎日、毎日、let it beばっかりオンエアしてました。
「あれっ、ちょっと違う放送局にしよ」って思うと、
またlet it beがオンエアされていて
他の曲が聞きたくても、let it beしか聞かせてもらえなかったです。
当時をふり返って、あの光景は異様でした。let it beお経でした。
お経のように、let it beがながれていました。
くる日もくる日も、どの放送局もこればっか
「おいっ、他になんかねえのかあ?」っていうくらいオンエアされました。
当時はわけが分からなかったんですが、今思えばビートルズが解散ってことで
やっぱり、そりゃあさぞかし大騒ぎだったんでしょう。
ただ、いずれにしましても、小学校4年生のちょうど物心のついたタイミングの
自分の耳にはいやでも、ズサっと刻み込まれてしまいました。
あれだけ、お経のように聴かされたら、いやでも好きになります。
でも、今聞いてもやっぱりいい曲です。
入り口がlet it beだったせいで、それ以外にも好きになったのは
デヴィットボウイ・エルトンジョン・カーペンターズ・・・で
洋楽ばかり聴くようになってしまっていました。
どういう訳か、映画もそのせいで
洋画ばかり観るようになってしまっていました。
そんなわけで、日本の音楽にはまったく触れることがないまま
気がついてみたら、大人になってしまっていました。
ですから、日本人のミュージシャンはほとんど知りません。
細野春臣とか、セイゲンオノくらいでしょうか。
日本で生まれて、日本で育って、片田舎で育ったわりには
音楽だけは、完全に欧米型になってしまっていました。
インターナショナルになってしまったんです。
いつも、ビルボードとかキャッシュボックスとかいうランキング
を、気にしては生活しておりました。
当然、海外のミュージシャンばかりがランクインします。
ごく自然に、ふつうにそうなってしまっていました。
でも、おかげで歴史に残るすごいミュージシャンたちを
リアルタイムで聴けました。
マイルスデイビスなんて完全にそうでしょう。
マイルスの最後になったアルバムって、なんとラップなんですよねえ。
「doo bap」っていうんですが
マイルスのいつもの口癖で、「there is no genre. good or bad.」
って言ってたんですけども
まさにその通りな遺作になってしまいました。
「おい、おめえら、ジャンルなんてどうでもいいって言ってるだろう?
好きなのか?好きじゃないのか?それだけで十分」って調子で
さすがは、帝王らしい最後なんです。最後までやっぱり帝王でした。
当時は、ラップは音楽じゃないとか、色々といわれていたころで
そこで、やっぱりマイルスは、一発ぶちかましたんです。
最後の最後までマイルスはそのスタイルを崩しませんでした。
そんなわけで、まさにマイルスにピッタリな遺作になってしまいました。
また、これがいいアルバムなんです。
音づくりおみごと、上手くパッケージングされたCDです。
やっぱり、どんなジャンルをやらせても帝王なんです。
因みに、マイルスは大学のころとかによく聞いてました。
最近でも、新しいスピーカーとかアンプのテストは
いつもマイルスの「kind of blue」か「cookin'」でやってました。
それで、中学とか高校のころは、プログレッシブロックにはまってました。
ジェネシス・YES・キングクリムゾン・フォーカス・・・
例えばジェネシスって我々にとってはフィルコリンズのジェネシスじゃあなく
ピーターガブリエルのジェネシスがほんとのジェネシスなんです。
フィルコリンズもいいんですが
やっぱりピーターガブリエルの方が未だに好きです。
「selling ENGLAND by a pound」とかよかったですねえ。
ジミーヘンドリックス・ジェフベック・レッドツェッペリン・・・
っていう時代もありました。
もちろんその時々のヒットソングも聴いていました。
高校のときの、イーグルスの「ホテル カリフォルニア」
なんかはまさに、とんでもない大ヒットでした。
で、気がついてみたら、30歳になったころには
知らん間にクラシックを聴くようになっていました。
最初は、ヘンデルとかが好きで、宮廷音楽、古楽とかが多かったです。
で、今では、気がついてみたら、自宅ではワーグナー
会社ではMOZART、車の中では、ロック・ポップス・ジャズ系
っていうようなぐあいになっていました。
いずれにしましても、尾西の田舎で生まれて
尾西の田舎でずっと育ったにしては
かなり、頭の中は、欧米文化かぶれ型になってしまいました。
この歳になって、今、思うと
「なんで大学のときに、留学とかしなかったんだろう?」
「やっぱり、東京の大学に行くぞお!って発想が、限界だったんかなあ?」
「けっきょくは井の中の蛙かあ」
「くっそお、頭ん中だけ、欧米かぶれ止まりかあ」
って、グローバルな感覚がない自分を、ひじょうに残念がっております。


このケイタイは、たいへんお気に入りなんです。
重さが、86gとやたらと軽いんです。小型なんです。
だから、もって歩いて、まったく邪魔にはなりません。
今まで、使った携帯電話の中では、いちばんのお気に入りです。
もっとも軽くて小型で、それでいてほとんどの装備がついてます。
もちろん、カメラも付いているし、メールも見れるしなんです。
で、もっとも大切にする装備は、やっぱりBluetooth?機能なんです。
この機能によって、このケイタイはかばんの中に入れたままでも
自分の車に乗っかった瞬間に、ハンズフリーで通話できるんです。
自動的に、Bluetooth?機能が作動し始めます。
で、マルチビジョン側がこのケイタイが車に乗っかったことを検知します。
ですから、電話の発着信は、マルチビジョンか、ハンドルのところのスイッチで
できます。
ケイタイは、かばんの中に入れたままでいいんです。
Bluetooth?機能って、ほんとうにありがたい機能なんです。
で、私共のクラウンはオーディオがマークレビンソンが付いてるもんですから
これがまたやたらといい音のシステムなんですが
おかげでやたらといい音質で、相手の音声が聞けるんです。
電話機を持って、使っている状態よりも
かなり、通話品質っていうのか、音は聞きやすいです。
そんなわけでして、このケイタイは、たいへん便利な商売道具なんです。
あっ、あと、デジカメを持ってなかったときにも、こいつで写せます。
ただ、やっぱりちょっと画質は、劣ります。
で、できるだけデジカメを持っているようにしてるんですけど
たまに、忘れたときなんかは、こいつの出番なんです。
こうして、けっこう、このケイタイ様様な毎日です。



ブイチャ夫婦は、いつもこのマットの上にいます。
寒くなってくると、このマットの上と、ストーブのまん前を行き来します。
ブイチャと小ブイは、完全に放し飼いな状態なのでやりたいようにやってます。
好きなとこで、オシッコもします。
一方、子小ブイたちは、現在は檻のなかです。
あいつらは、そこから放つとイノシシのように無茶クチャ走りまくります。
3匹で、それをやられたら、たまったもんじゃありません。
それで、檻の中でできるだけおとなしくしもらってます。
で、3匹とも実は、ブイちゃんにそっくりなんです。
一匹も小ブイには似ませんでした。
どいつもこいつ、どういう訳か、ブイちゃんにそっくりなんです。
計5匹が生まれたわけですから、どれか一匹くらい小ブイに似ても良さそうなもんですが。
みんなブイちゃんの顔してるんです。
みんなブイちゃんの体型してるんです。
どいつもこいつも、哀愁がにじみ出ていて
申し訳なさそうな顔してるんです。
おめえら、ちょっとはチャンピオンに似ろよお!
情けねえなあ。みんなブイちゃんかあ?



今日は、このメガネをはめていました。
これは、ポルシェデザインのチタン製のメガネフレームなんですけど
先日、RSRのチタン2000のときにいってましたチタンフレームです。
チタンっていうのは、すごい素材で、画期的に軽くて、かつ剛性がしっかりしてます。
メガネフレームの材質としては、もってこいな材質です。
軽いので、かけていても、まったく苦になりません。
チタンじゃないメガネがえらい重く感じます。
それでいて、フニャフニャな感じはなく、カチッとしています。
やっぱり、いい材質は、車にも、メガネにもどっちもOKみたいです。
実は、カーボンもそうなんです。
F1のモノコックがカーボンでできていることはご存知かと思いますが
カーボンって今現在、この世でもっとも軽くて丈夫っていわれていますが
やっぱり、カーボンのめがねフレームがやたらといいんです。
どういう分けなのか、車でOKなものは、メガネでもOKなんです。
で、驚いたのは、実はポルシェデザインのチタンフレームって日本製なんです。
最初、ポルシェデザインのフレームにmade in japanって書いてあるのを見たときは
「あれっ、これって偽物」って思いました。
「ポルシェデザインって絶対にライセンス生産はしないブランドだし、おっかしいなあ。」
って正直なところ思ってしまいました。
ところがドッコイ違うんです。
チタン製のメガネフレームの日本の世界シェアは90%だそうです。
チタンの加工にかけては、日本はダントツなんだそうです。
だから、ポルシェもチタンフレームは日本でつくるんだそうです。
で、さらにビックリなのは、そもそもめがねフレームの世界一は福井県鯖江市だそうです。
ローデンストックでさえも、いちばん高級シリーズは
福井県の鯖江で作っているんだそうです。
日本て、てっきり、得意技は100均?っていうイメージがあったので意外でした。
でも、このことを知らなかったのは、私だけなのかも知れませんが
意外なことに、メガネを造らせたら日本の技術はそうとうなもんらしいです。
何でも、個体差がほとんどないものをつくってしまうんだそうです。
日本発の世界レベルは、実はこんなところにもありました。
個人的には、まったく意外でした。
てっきりヨーロッパ伝統工芸だと思ってました。
なんで、どんなわけで、鯖江市はそんなんなってまったんでしょうか?
そんなわけで、鯖江のメガネを集めました。
もちろん、カーボンファイバーも入手しました。
たしかに、かけ心地がいい、軽い、フィット感がいい。
さすがは、世界に誇れる日本発。
車も、画くあって欲しいてす。
車のうちのカーエレクトロニクスだけは、そうかも知れませんね?


いつも、ブイちゃが待ってます。
ブイちゃんは、必ず待っています。
誰かが、帰ってくることが、何よりも楽しみらしいです。
この後姿で、待ってます。
逆に、誰かが出かけていくのが、いちばん嫌みたいです。
出かけようとすると、かなり慌てふためきます。
どうして、出かけようとしているのが分かるのか、必ず察知します。
それで、かなり大慌てになります。
出かけようとすると、急に慌てはじめます。
出かけるセンサー機能を持っているようです。



この丸っこいやつが、小ブイです。
プックぷくの体型です。
チャンピオンの父、母を持ち、いい家柄の娘さんです。
でも、口の周りをイヤなほど舐めまわします。
今では、3人の子小ブイたちの母親です。
この3人は、やたらと動き回るので、写真を撮るのが難しいです。
小ブイとブイちゃんは、寝てばっかいるので撮影はしやすいです。
その代わり、寝ている写真ばっか撮れてしまいます。






やっぱり、その昔、ケーブルにたいそうこった時期がありました。
当時は、こりにこりました。
これくらいのものなら、ハンダこてもって自作しました。
根っからのオーディオマニアですので、ひじょうに当たり前のことで
たいてい、ほとんどのマニアの方がそうだと思います。
ウエスタンのむく線、より線、ベルデンのケーブル
ハイエンドもので、1m何十万って高額なものもありがてら
某国防省内の配線とか、某戦闘機の配線とかもあります。
やっぱり、あれこれ、色々と試しました。
で、たどり着いた結果は、アメリカのMITでした。
今では、ピンケーブルも、スピーカーケーブルも全部これ。
実は、それほど高額じゃないところに、一番のお気に入りがいました。
これはいいですよ。
アメリカでは御三家に入るほどの、メジャーな存在らしいですが
私共は、けっこう最近まで知りませんでした。
MITのケーブルは、エイジングというよりは、最初に急変します。
つないだばかりの瞬間は、それほどたいしたことないんです。
ブレイクインっていって、最初の50時間でビックリするほど澄んだ音になります。
で、それから2週間ほどすると、完成に至ります。
すっごい澄みきった、きれいな音になってしまいます。
アンプ変えたのかなあ?っていうくらいに違います。
今まで、これほどケーブルでよくなったことはありませんでした。
ほんとに、いいアンプに買換えたくらい、音が変わります。
それで、慣れてきたころに、以前のケーブルにもどすとビックリ。
よく、こんなこもった音で、その昔は聞いてたなあ?って感じです。
でも、ケーブルが大切なことは、実はあたりまえのことで
どんないいアンプも、どんないいCDプレーヤーも、どんないいスピーカーも
必ず、それぞれをつなぐ手段が必要です。
それは、爆撃機の中でも、国防省の中でも同じことです。
どんないい装置も、ふつうは単体では、使えません。
必ず、それぞれの装置をつなぐところのケーブルが必要なはずなんです。
例えばパソコンの場合は、LANケーブル、電源ケーブルってなぐあいです。
それで、いいケーブルって、実はその精度の高さなんです。
いかに情報をロスしないで伝達するのか。
その1cm先へ、そのまた1cm先へ・・・と順々にいかに高い精度で伝えるか。
これって、実は、車とまったく一緒なんです。
例えば、分かりやすいのがタイヤ、ホイール。
いかに真円に近いか?
時速が50km、100km、200km、300kmというぐあいに。
どこまで、上げていっても、誤差のないホイールがいいホイールです。
真円さ、重量バランス、・・・、やっぱり軽い方が有利でしょう。
っていうことで、いいケーブルの条件っていうのは
いい車の条件っていうのとまったく同じことでした。


MITのケーブル(ナイコム株式会社)
http://www.knicom.co.jp/



事務所内の様子を撮影してみました。
正面から入りますと、まずは大きな吹き抜けになっています。
それで、いちばん奥のコンクリートの打ちっぱなしの壁には、上から自然光が当たっています。
ひじょうに圧迫感のない造りになっております。



吹き抜けの、両横の壁には、SONEXの吸音材がはってあります。
SONEXをはってから、やっぱり音がやかましくなくなりました。
たくさんのお客さまにお越しいただいて、あっちこっちで話し声がしても
館内は、それほどやかましくない音響になりました。
やっぱり、SONEXっていいですね。
でも、ただ、それほどたくさんのお客さまでにぎわったら、何よりなんですが。
できましたら、常にそうであって欲しいわけなんですが。
この建物は、平成の1年に建てましたので
かれこれ、あっという間に20になりました。
当時、確か、鉄筋コンクリートで建てるのと、鉄骨で建てるのとでは
法定償却がぜんぜん違って、たしか30年と60年とかだったかなあ?
で、経営上は、鉄筋コンクリートでたてた方がたいへん不利なわけで
それで、そのころ、父親からは、思いっきり反対されました。
ただ、そのころ、あちこちにある自動車やさんは
砂利のひいた展示場で、事務所はプレハブっていうところが多くありまして
そこで、あえて鉄筋コンクリートにして差別化を!というような狙いでした。
今では、もうこのコンクリートの打ちっぱなしが、私共のトレードマークになってしまいました。
完全に住めば都って感じになってしまって、あたりまえになってしまっています。
ただ、経営面をかえりみず、思ったとおりに建てただけあって
未だに全く飽きもこず、古くなった感じでもなく、個人的にはたいへん気に入っております。
実は、建築ってたくさんある趣味のうちの一つで、たいへん好きなわけでして
つい先日も、おなじころに建った、可児市の某お寺さんを見に行ってきました。
ここは、なんと斬新なお寺で、某有名建築家の方の作です。
ちょっとお寺にしておくのは、もったいない?ようなみごとな打ちっぱなしです。
さすが、有名建築家の作だけあって、デザインもすごくいいです。
ここが建って、少ししてから、私共が建てましたので
当時は、何度も何度も、このお寺さんに通って研究しました。
でも、そのかいあって、事務所とは画くあるべきという
個人的な思惑はすべて表現しきって完成に至ったと思います。
それで、あとは、できるだけ多くのお客様でにぎわうことだけです。
そんなわけで、いつでもお気軽にどうぞ。お待ちしております。
マトリックスのMOZARTも待ってますよ。



今は、事務所のいちばんよく見えるところには
このキースへリングが飾ってあります。
この絵は、アンディーマウスっていうシリーズの中のもので
キースへリングとアンディーウォーホールが仲良しだったために書かれたものです。
このポスターは大きいのもさることながら、ふつうの印刷よりも
ちょっといい印刷らしくて、わりと高かったです。
キースへリングは、やっぱり好きな画家のうちの一人で
以前は、名古屋のLOFTの1Fにショップがあって
よく通っては、グッズおよびポスターをあつめました。
ほとんど我々と同年代なんですが、90年に亡くなってしまったため
作品数は、それほど多くないんです。
最初デビューしたときは、評論家の間では賛否両論だったそうです。
「これは芸術じゃない」とか・・・
でも、けっきょく未だにけっこうファンがいるわけで
ピカソやマチスよりは名前が知られていないかも知れませんが
やっぱり、実際に飾っていて気に入ってるんだからいいわけで
芸術じゃないのか、どうかはさておいて
気に入ってることだけは、不動の事実なわけなんです。
この人の本とかもたくさん読んだんですけど
やっぱりすごいと思うことは、下書きは一切しないそうなんです。
どんな大きな壁画を描くときでも、やっぱり下書きは、なしなんだそうです。
それで、中心からいきなり書き始めて、書き終わるまでは一切やすまないそうです。
大きな壁画とかの、大作のときは、パンとかかじりながら
コツコツと無心に丸一日でも、丸二日でも書いているそうです。
それで、でき上がったら、さがって全体を見て、さっと帰っていくそうです。
あたかも、頭の中には、すべてでき上がっていたような、書き方なんです。
もうすべて計算ずくのような書き方なんです。
みごとなバランス感覚なんです。
何はともあれ、この人の線が微妙にきれいなわけで
これだけきれいな線が一瞬でパッと書けてしまうあたりは、
やっぱり天才って、かだづけてしまうことが、いちばん手っ取りばやい気がします。
カラーリングもポップなひたしみやすいカラーリングです。
ほとんどリアルタイムに、活躍を目の当たりにしましたが
やっぱり未だに好きな画家の一人なんです。
個人的には、ピカソやマチスと匹敵すると思ってます。

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一宮JCTから8分
土日は営業しています!
0120-25-2188
8:30 ~ 18:30 (水曜・祝日休業)